ぐらんこ。の部屋(るーるるー♪)

執筆活動とたこ虹家族&鯛員&モノノフ活動とその他もろもろ

答えになっていない答えFor【アルゴリズム】連続した数字の並びの固まりがいくつかあるとします。

10個前後っていうことなので、奇数始まりの数、偶数始まりの数、奇数終わりの数、偶数終わりの数のチェックからですかね。
偶数終わりと奇数始まり、奇数終わりと偶数終わりが同数ならばよいのですが、そうじゃないと始め、終わりを調整しないといけませんし。

 

でも、並び替えアルゴリズム作ったところで……ってのもあります。

 

わたしなら、全通りの並べ方を試してみて、条件を満たしているかどうかを判定し、合致しているものについては初めの並び順と近いかどうかを比べて行くと思います。
さて、どういったアルゴリズムになるか……ですが、『できるだけ近い並び順』という要件ではなかなか評価しづらいです。
例えば5通りの並び順、ABCDEがあったとします。
これがEABCDに並び変わったのと、ABCEDに並び変わったのと、どちらが元に近いか。
前者は一個ずつずれているだけとも言えるし、すべて順序が変わってしまった、ともとれる。
後者は入れ替わりが一か所だけなので直感的に近いと感じられる。
後者なんだろうなーとは思うのですが、であれば、元の位置との差を求めてしまって、差の合計で評価するって感じでしょうかね。
前者だったら-4,+1,+1,+1,+1で差は8(プラスであろうがマイナスであろうがずれはずれ)
後者だったら0,0,0,-1,+1で差は2。
自前で並べ替えアルゴリズムを組んだところで、出てきた答えが最適解なのかどうかわかりづらいので全通りやっちゃったほうが良い気がします。

握手券など目当てでCDを大量に購入するとどうなるか考えてみた

きっかけはこれ

 

さて、16万枚はさすがにアレなので1万枚から検討してみましょう。

CDのサイズは……厚さ10mm、縦横だいたい150mmで考えましょう。

 

 

 これに放り込んで行きます。

80×65(高さは55)cmなので、余りがでちゃいますが、

縦に4枚、横に5枚並べられますね。計20枚。

55cmパンパンに詰め込むと、20×55=1100枚入ることに!

これ10箱で1万枚。

 

思ったよりも少なくて済みそうです。

CD1000枚以上入る収納ラックなど検索しても壁一面! みたいなのじゃなくて常識的な本棚みたいなサイズですから、1万枚ってそこまでエグい数じゃあなさそうでした。

 

おもしろくなかった。

手描きの漫画にはデジタルにはない温かみや迫力を感じるか?

economic.jp

 

togetter.com

 

 おはこんばんちは、只野です。

 最近は文字を書く(打ち込んでるので打鍵ですが)ことがおっくうになり始めてるのでリハビリのためにエッセイちっくなブログ書いております。3日坊主は必至ですが。

 

 手描きの漫画にはデジタルにはない温かみや迫力を感じるか?

 

 答えはYesでありNoだと思います。

 

 なんか意見を見てるとNoだという人がほとんどっぽいのでYes側の意見をつらつらと書きます。

 

 そもそも温かみってなんでしょう?

 料理で言うとおふくろの味とかじゃないでしょうか?

 プロの料理人に比べて、

・出汁がちゃんとした方法で取れていない手抜きに関する雑味

・盛りつけの洗練されてなさ(これは味じゃないけどまあ見た目でも味わうらしいので

・毎回味にばらつきが出る、多い

・既製品(化学調味料、大量販売されている調味料)を使った味の画一化

こんなとこでしょうかね。3分ぐらい考えたらもっと出て来るとは思います。

 

 さて、わたしは小説を書いたりするんですが、文章も手書きのほうが温かみや迫力が出ると思います。

 その理由ですが、

・デジタルと手書きじゃあ校正回数が違う

 そりゃ手書きでも真面目に校正する人多いでしょうけれど、手間がかかるからどこかでこれでいいやーってなる

 ⇒雑味の獲得

・出力に至るペース、脳内で作り上げる文章が違うこともある

 これも人それぞれでしょうけれど、ふたつの理由で出力が変わってきます。

 1)執筆速度の違い

  どうしても、キーボード叩くのと実際に書くのでは出力速度に差がでます。

  その些細な違いによって打鍵してたら出来上がった文章と、手書き(画数の多い漢字を書いている間とか)でちょっとしたタイムラグがあった瞬間に何か思いついてしまた文章とでは結果がことなるわけです。

  イラストだって同じことはあると思います。ペンを切り替えるか、ペンを持ちかえるか。どちらかというとやはりデジタル作業のほうが機械的でしょう。

 2)執筆に掛ける熱意の違い

  個人的に手書きで書くのは面倒なので、ある程度固まってから書きたい人も居ると思います。

  デジタルだったら気軽に書いて気軽に消せるので、なんとなく熱量は下がってしまうような。紙もインクも勿体なくないですし。

 ⇒一筆入魂! みたいな精神になりにくい?

 

 他にもあるでしょうけれど、面倒なのでこのへんでやめます。

 

 温かみ、迫力って、結局のところ

 

雑さ、荒々しさ 

と紙一重なんじゃないでしょうか。

だとしたら、一般的にはデジタルよりもアナログ環境からのほうが得られやすいかなーと思うのですよ。もちろん、デジタル環境でも自分に厳しい人は丁寧に

・心を込めて一文一文綴っている

ということをやってると思いますし、アナログ環境でも

・納得が行くまで書きなおす

人もいるでしょう。

が、どっちが多いのか? ってことですかね。

 

絵は描けないのでまったくの推測ですが、デジタル絵描きさんには、

・なんども描きなおしてクオリティが上がってしまって雑味が消える

・修正する前提なので、ひと筆に掛ける思いが弱い

ってこともあるんじゃないかなーって思います。

 

でわ ノシ

【時代はSNSの向こう側へと】もはやテレビは終わってる&あっちゃんかっこいい!?#1

anond.hatelabo.jp

lite-ra.com

 

 おはこんばんちは、只野です。

 わたしはダウンタウンで育った世代ですので、ダウンタウンは好きでした。ちゃんはまの面白さはそんなに評価してなかったけれど、ちゃんまつはお笑いのセンス、というよりも姿勢として好きでした。

 今もそこそこ好きです。

 そもそもダウンタウンに関しては、トークについてはそんなに評価してなくて、コントやミニコーナーの発想力にいつもしてやられた感を覚えていました。

 そして、ごっつ系で繰り広げられたお笑い弱者を切り捨てる、新たな笑いの創造という点でもっとも評価しておりました。

 

 かつては。

 ダウンタウン大人気、かつての笑いは古い、そんな流れが出来ていました。

 前衛的、革新的、ともいえる良くわからないコントの数々。それ自体はおもしろかったり面白くなかったりで評価はばらけるのですが、それをゴールデンタイムに放送させるというところに凄さを感じた。

 そういう意味で、ダウンタウンは時代を作ったのだと思います。スタッフにも愛され、スタッフもそういう思いが強く、新しい笑いを作ろうとともに手を取って頑張っていた時期だと思います。いや、詳しく知らんけど。

 

 間違いなく(いや間違っているだろうけど)、シュールというお笑いジャンルをお茶の間に進出させたのはダウンタウンの松本さんなのだと思います。

 彼、および彼ら(松本チルドレンである今田や東野)が居なかったら、シュール芸を売り物とするお笑いは育っていなかったと思います。シュールを受け入れる下地が一般人にも芸能界にもテレビ業界にも無かったから。

 

 で、現在。

 松本さんはお笑いのセンスで言えば、後発の若手に追い抜かれてはいるものの、最先端に食らいついてはいると思います。そう見えます。それは彼の凄いところで、彼はまだまだ、『一般人には受け入れられ難いが、自分は面白いと感じる』ネタというんでしょうか、世界観というんでしょうか。そういうのを持っているはずなんです。 

 それについては長くなるので次回に。

 

 不幸なのはそういう底知れ無さ(過大評価)を未だ持ち続けている松本さんをテレビのクルーが同じ立ち位置で扱えなくなってきたということでしょう。

 松本はたまにわけわからんことを言うが、(お笑いに関しては)それは自分たちの理解が及んでいないだけであるという認識なのだと思います。

 

 で、テレビを代表とするマスコミはまっちゃんを否定できなくなっている。

 若手と絡ませても上手く扱う。

 一本グランプリなんかでも、芸人にすら評価されていないネタを面白いと断言してひとりで笑っている姿を見せる。

 未だに孤高の天才というイメージを持ち続けているんですが、まあ端的に言えば変態なわけですよ。

 ある部分ではお笑いの新たな可能性を引き出す功労者であり、言い方は悪いですが、死後に評価されるかされないかの際(きわ)の部分も持っているわけです。

 マスコミは一旦叩いたことが後に評価されると怖いので、そういう際の部分も認めてしまおうと、どこかでシフトしてしまったんだろうと思います。

 そうして大御所のまっちゃんが誕生してしまいました。

 

 政治的なことでは思想の問題もあるので、たたかれる覚悟で果敢に持論を展開して偏向報道を行うテレビやマスコミですが、笑いに関してはある意味では軽視しているので、事なかれ主義で番組制作、記事づくりをする。

 そりゃあ、バラエティーが面白くなくなりますわ。

 加えて今回のオリラジあっちゃんとの対立。

 これは、テレビや新聞を始めとする旧時代のメディアとネットの代理戦争なんだと思います。

 

 長くなったのであとは、はしょりますが、

 テレビがまだまだ面白いと思っている保守的な層、権威を受け入れる層。自分でものを考えない層、与えられた情報を鵜呑みにする層。(テレビ派)

 VS

 テレビ終わっていると思っている層、権威に執着しない層、自分でものを考えられている、自分で情報を集めてちゃんと判断できていると思ってる層、与えられた情報の裏をとれると思ってる層。(ネット派)

 

 今はその2極化が進んでいると思います。

 さて、では後者の層が今後主流になるのか? と言われればそうではない。

 一旦ネット派がテレビ派に置き換わる時期はくるでしょう。

 そうすると、今度はネット派が保守的になってくるでしょう。

 今のテレビで行われていることがネットで行われてくる。

 今のネット派はそういうのが嫌でテレビを見ないわけですから、もっとネットの深いところ、最先端を求めて移動します。

 

 まとめサイト逆張りしているニュースサイトなんかを見ても、それすら作られた偏向報道であると気づいてしまう。

 今よりももっと意見に多様性のある世界がネット上に広がっていくでしょう。

 その先はもはやわたしごときでは想像できません。

 

 見た目は今のままで多様化だけが進むのか。

 ある程度のすみわけができつつ、コメント欄でバチバチと争いを繰り広げるのか。

 そもそもネットの在り様自体が変わってしまうのか。

 

 面倒くさくなった&最初に書こうと思ってた内容とかけ離れた内容になった&そもそも特に結論なく書き進めたので、まとまらなくなったので終わります。

 

 

クローン人間について

クローンを主軸にしたSFって実はあまり読んだことない只野です。

 

クローン人間を認めるか認めないか? って今は認める派が少数派なんでしょうかね。知らんけど。

 

生命を人工的に作り出すことはまあまあ許容する人もいるけれど、対象が人間になるとやはり人権問題でもめる。

クローン人間は反対だけど、臓器などパーツ単位でのクローン? はありかなぁとか思ってる人はそこそこいるんじゃないか? と思っています。

 

やはり、クローン人間として生み出された人が幸せに生きられるか? ちゃんと人権が保護されるか? ってところが同じ人間として心配なんでしょうね。多分。

やっぱり自分の置き換えて考えてしまいます。

 

 

 

さて、マッドサイエンティストさんが居て、自分のクローンを作ったら? と考えた場合。

マッドサイエンティストさんなので、わりといろいろ無頓着です。

自分がクローンだと言われても動じないくらいのメンタルしてます。

だけど、それによって生み出されたクローンさんが元のマッドサイエンティストさんと同じ発想に至るのか? って言われると謎です。

クローンさんは生まれながらのクローンなので、やっぱり悲しいかもしれない。

マッドサイエンティストさんが凄くいい人でクローンさんを丁寧に育てても、政府かなんかが介入してきて、クローンさんを手厚く保護してもクローンさんはやっぱり生きづらいんじゃないかと思います。

 

ひとつ思いついたのはクローンを作ってもいいけれど、クローンとそうじゃない人がわからなくする……みたいなこと。徹底的に隠すようにする。わからなければ悩む必要はない。

それでもダメですね。どこかで情報漏れる可能性はありますし、差別用語じゃないですけれど、クローン人間が居る世の中だとみんなが知ってしまえば、お前はクローンじゃないか? みたいな侮蔑が生じる可能性が高い。

100年、200年後だと慣れてくるんでしょうけれど、初期の頃にはいろいろ問題が生じそうです。

 

そもそもクローンを作るっていう意味があまりないのですよね。

身体能力に優れた人、頭脳明晰な人、そういう人のクローンを作るのは有益かもしれませんが、結局そのクローンさんの人生は作り手側の都合なので、可哀そうって思えますし。

どうも利用者側の悪意が透けてしまいそう。

不妊治療とか同性婚者にも子供を……みたいなのでも完全クローンじゃなくって人工授精とかそっち系だったらそのうちある程度理解されるんでしょうけれど。

 

完全クローンはやっぱり個人的には、意思を持たない臓器やパーツレベルで……って思います。

すっごく未来の人には別になんともねーやって思って思っていて欲しいぐらいの感じですが、現時点では。

クレジットカード払い……

おはこんばんちは、只野です。

ふと思いついたので中身はないです。

 

クレジット怖い。

アメリカとかでクレジットカード払いが定着しているのが信じられない。

 

とか思いつつ、クレジットカード払いが定着したら便利になるのになーって思ってる人です。

クレジットに限らず電子マネー的なの全般ですけれど。

 

個人的に思うクレジットが浸透しない理由。

 

1.クレジットカードが使えない店が多い

 まだまだ多いです。結局現金を持ち歩く必要があります。

 →こればっかりは、世の中が変わらないと。

  個人商店とかに補助金出して導入させるか、クレジットカードや電子マネーの利便さを知る顧客が増えて、非導入店がたちゆきいかなくなるような

 

2.いくら使ったかわからない

 使用額もわからないし、計画的にお金を管理できないんですよねー

 →クレジットと電子マネーのいいとこどりみたいなのができたらよい

 それか、残額管理アプリみたいなのがあれば。

 クレジットって即座に引き落とされないからアレなんですよね

 

3.ついつい使いすぎてしまう気がする

 日本でクレジットが流行らないのはこれが大きいと思います。

 お財布に1000円しか入ってなかったらご飯食べる時にもそれ以内で済ますだろうし、飲みにも行かなくなるし、買い物も控える。

 →電子マネーとかのチャージみたいな感覚でクレジットを使えないだろうか?

  チャージするのは多少面倒(スマホアプリとかでいつでもやろうと思えばできるけど)

  大きい買い物する時は事前にチャージして買う。そんな機会はあんまりないだろうし。

 それ以外は、みんな月曜日に1週間で使う予定額だけチャージしておくみたいな感じですね。チャージはATMでお金を下ろす感覚。コンビニで手数料払ってお金下ろすよりはだいぶ楽。(楽さが浪費につながるといわれればそれまでですが、そこは各自で自制しませう)

 

 

 私的には電子マネーとクレジットの二元化って面倒なんですよー。

 電子マネーなんてさっさと統一してくれたらいいんですけど。多分そうはならないし。

 

 なんで普段のお財布代わりのチャージ式のクレジットカード(まあそっちはどこでも使える電子マネーでもよいのですが)と従来のクレジットカード(大きいお買いもの用&いざというとき用)の2枚ぐらいで暮らしたいです。

 

 だいたいの人がクレジットカード持ってる時代だとは思うんですよ。

 家族会員とかもありますしね。

 

 クレジットカードに関する恐怖心みたいなのをとっぱらわないと普及しない。日本人とは相性悪いのかもしれない。

 

・落とすと怖い

 これは不正使用の厳罰化と実は保証がある(らしい)ことの周知で克服。

・幾ら使ったかわからないから怖い&使いすぎそうで怖い

 残額管理アプリ、またはチャージ式みたいシステム的なので克服

 

 それでもクレジットカード持ってると気が大きくなってしまうから、普段は持ち歩かない人もおおそう。

 日本人には電子マネーのほうが合ってるのかなあ

 

ラノベに対する無理解

某匿名日記で、

30代でも漫画読んでる人は理解が得られているが、30代でラノベ読んでいる人は理解が得られていないという記事を見た。

 

ラノベ読みの片隅に居て、それを周囲に公表してもいる自分はそうなんかな? と思うが、まあそんなもんか、とも思う。

 

 

ラノベ読みが軽視されている、時にはキモイとされる理由を考えてみると、経験であり知識の断裂があると思う。

 

知ってのとおり漫画というのは多様だ。

少年少女、誰もが、小学生時代から漫画を読んできた。

アニメとその原作という関係のある漫画も数多い。

男子ならコロコロコミックコミックボンボン(廃刊になった?)から始まって、週間少年ジャンプ、マガジン、サンデーなどを経由してヤングジャンプなどのヤング系に流れて……という経緯を辿ることがほとんどだと思う。

(てれびくんやテレビマガジンにも短いながら漫画は掲載されている、はず)

女子も似たような流れがあると思う。

 

途中で漫画から離れる人も多いだろうけど、なんとなく人から話を聞いたり、漫画原作のドラマやアニメなどに触れて、大人でも楽しめるという点を理解しつつ、成長していく。成人向け(アダルトとかそういう意味でなく)の漫画があるということをなんとなく知る。

 

翻って、小説に関しては漫画に比べて、入ってくる情報量が少ない。

仮に漫画を読む人読まない人の比率を8:2だとすると(比率は適当)、小説を読む人と読まない人の比率は2:8だ(比率は適当)。

 

そもそも小説を読んだことがなく、あるいは読書感想文の宿題で読まされたとしても、面白さという経験に繋がらず、趣味として読書が根付いていない。

 

周囲に小説読みが居ない。少ない。

マイノリティである小説読みは小説の楽しさを知っているが、一般の人には読むのに労力が居るということも知っているので、面白い小説があっても、人に勧めたりしない。漫画やアニメは簡単に勧められるのに。

せいぜい、アニメ化された、ドラマ化された、映画化された映像作品を勧める一情報として原作の面白さを語る程度。

 

ジャンルとしての小説っていうのがそもそも理解を得られていない。

その上でラノベに関しては、偏った情報のみが拡散されている。

萌えだったり微エロだったりと、典型的なオタクが好むコンテンツだと。

 

ラノベ読み自身でのラノベの定義があいまいな中では、世間一般の小説を読んだことのない人々にラノベの多様さを説明する面倒くささから皆逃げている。というか、それを熱く語ったところで、本を読まない人には意味の無い情報であるので、不毛なことはしないという達観か。

 

それに加えて。

ライトノベルというのは、漫画と同程度には多様で、あらゆる年齢層にリーチしているとは思う。

だが、明確に大人(や精神年齢の高めの少年少女)が読む一般小説というジャンルとラノベは隔離されている。

となれば、大人は一般小説、ラノベは中高生(あるいは大学生まで)という区分けがされてしまう。

 

「大人になったのに漫画ばっかり見て……」

に対しては、共感まではいかなくとも理解が得られやすい「大人向けの漫画がある」という返しができる。

「大人になったのにドラマ見ずにアニメばっかり見て……」

といわれると多少開き直ってそういう趣味だと言い切れるのかも知れない。

ジブリアニメや映画版のドラえもんクレヨンしんちゃんを引きあいに出して、言い返せるかもしれない。

 

「なんでラノベ読んでるの?」 という問いには、アニメ同様に大人向けの一般小説があるのに……という意思が見え隠れしている。

反論するにも、相手はそもそも一般小説すら読んでいない可能性が高い。

一から説明するのは非常に面倒なのである。

一般小説を読んでいる人に対しては、ラノベ寄りの一般小説や一般小説寄りのラノベを引き合いに出して説明できるのかもしれないが。

 

という風に結局ラノベ読みがいろいろ理解させることを放棄して、典型的? なラノベ像だけが世間に広まっているのが現状なのかなあとか。

 

 

あいかわらず文章まとめるの下手だなあ。