久しぶりの実家だった。
もう何年も音信不通の父が住んでいた家。
老齢の一人暮らしにしては、それなりに片付いている。いや片付きすぎているといった方がよいか。おそらくは、そういう業者に定期的に頼んでいたのだろう。水回りなどにも目立った汚れはない。1週間かそこらの期間過ごした生活感が垣間見えるだけだ。
残した遺言を弁護士が粛々と整理し、葬儀もなにも行わず、ただ最低限の手続きのためだけに私が呼ばれた。
遺言によると、ほぼ遺産は全額寄付するという。ただ、そういった法的な手続きや、遺品整理の際の立ち合いが必要だということで私が呼ばれた。その対価として、私にも幾らか残してくれるらしい。額だけみれば立派な相続で税金も発生するレベルだが、父からすれば、ほんの手間賃という考えだろう。それならば私も気兼ねなく受け取れる。
どんどんと荷物が運び出されていく。終盤になって、弁護士が声をかけてきた。
「そうそう、最後に一点ご確認しておくべきことがありました」
さも自然に切り出されたが、このタイミングで、というのもどうせ父からの指示だろう。
「不要でしたらこちらで処分しますが、興味がおありでしたら……」
弁護士がそう言って差し出してくるのは、最新型のVRマシン。据え置き型の巨大な筐体から、ゲーミングチェアぐらいに小型化され、さらにヘルメットのような型、サイズになり、今は額に巻き付けるちょっと厚手で幅の広い鉢巻きのような外見になっている。まだ市販されていないはずだが、開発者の家にあっておかしいものでもない。なんどかニュースで見た開発中のモデルと比べて外見が洗練されているのは、完成品に近いということだろう。
「既にテストは終わってますし、来月には市場にも出ると思います。それと比べて特別な機能があるというわけではないですが……」
譲り受けるための条件として、少なくとも1年は、これを所持しているという情報を外部に出さないこと。同じ期間の間転売などをしないということ。
少しだけ考える。どういう意図でこれを私に残したのだろうか。
考えても結論はでない。今まで父の考えが理解できたことはない。ただ、少なくとも私に対して明らかな害を及ぼすということはしなかった。
「じゃあ、ありがたく」
短く言って、受け取った。
ちょうど購入を検討していたゲームがあった。遺産という名の手間賃を得て余裕もできたし、うちにあるのは廉価版の疑似VR機器だけだ。それだって、かなり思い切って買ったもので、何年も大切に使い続けているのだ。アラフィフ男の唯一の趣味として。
高級車どころか、一軒家にも手が届く価値のそれを、無くて元々という思いで、軽い気持ちで持って帰った。
became the 〇〇〇。
起動すると一瞬でチュートリアルが終わる。さすが最新鋭機。
キャラの性別や容姿、職業等の項目が、私の潜在意識を元に設定され、私だけの役割やストーリーの種が生まれる。
さあ、新生活の始まりだ。